*Fool

 

  

  

 光がひかる夜に。

 君は生まれた。

 暗闇に満ちる時代に。

 ボク等は生まれた。

 だから、ボク等はともしびとなろう。

 兄弟たちよ。

 同じく時に生まれたともしびの子らよ。

 闇に包まれた世を儚むことなく。

 光がひかる夜に。

 僅かな光(ライト)となって――。

 

【LightSeriesHead fromMISUZU】

 

 

 

 

 

 今日のおやつはカスタードクリームたっぷりのシュークリームだ。

 しかも、生クリームも入っている。

 あったかいコーヒーを片手に口いっぱいに頬張る。生クリームとカスタードが口の中でとろけていく。

 あぁ、幸せってこう言うことなんだな。
 ゆったりとした午後のひととき。

 重役出勤である私はちょっと早めのオヤツの時間を満喫していた。
 束の間の休息にうっとりする。ってか、うっとりしないやつなんているはずはない。

 そこに、
「よぉ、日狩! 聞いたぜ、大活躍だってんだな」
「あっ……カー君、おはよぉさん」
 コーヒーカップを手に私のデスクに歩み寄ってくる青年の姿が目に入った。
 カー君は黄色の派手なアロハシャツを着て、頭にはベレー帽を被っている。

 どちらも同僚が海外出張に行ったときのお土産で、カー君は何故かそれがとても気に入っているようだった。
 ちなみに、分かってはいるとは思うが、カー君は「カー」と言う名ではない。
 白柳烏丸(しらやなぎ・からすまる)という時代劇に出て来そうなヘンテコな名前だ。ヘンテコと言うとチョップが飛んでくるので滅多に口にはしないが。
 烏丸だからカー君と言うわけだが、せっかくのナイスなネーミングだというのに今のところ、私以外でカー君をカー君と呼ぶ人はいない。
 付け加えるならカー君は私の仕事上のパートナーってことになっている。もっとも重役出勤な私の代わりにほとんどの雑務を引き受けているので事実上、カー君一人なのだが。
「活躍ってなにが?」
 まさか、重役出勤を大活躍とは言わないだろう。そこまで、カー君の頭は退化していないはずだ。
 カー君はへらりと笑って、
「何がって……爆弾騒ぎを解決させたんだから、大手柄じゃないか」
「爆弾?」
 私は目を瞬かせた。

 爆弾と言えば、米菓子の爆弾菓子は私の好物の一つだが。どうやら、カー君が言っているのはそのことでは無さそうだ。
「ほらほら、下のフロアで男が侵入して高野さんが対応してただろ」
「あー、そんなこともあったけ?」
 朝(正確には昼前)に出勤してきたところで、変な男が喚いているのに遭遇した。別に放っておいても良かったんだけど、エレベーターホールに行くには、そこを通らなければならず、さらに高野隊長がいたため、挨拶がてらに喧しい男からそれを奪い取ったのだ。
 その程度のことなのに、カー君は大袈裟に誇張するのが好きなようだ。

 いやはや、いわゆるミーハーってやつかねぇ。
「そんなことってな……十分事件だぞ」
「どこが?」
「爆弾だぞ?」
「偽物のね」
 私はコーヒーをすする。うん、ラウンジのものにしては味と香りは悪くない。
 おや、カー君たら、急に黙ってどうしたんだい。どこか調子が悪いのか。

 カー君は私の顔をじっと見つめる。んっ、何か付いているのか? 寝癖はちゃんと直してきたつもりだったのだが。
「にっ、偽物ってなんだよ」
 突然の大声。

 耳元でいきなり怒鳴られて私は眉をしかめた。
「なんだよって、偽物っていうのは紛い物。本物じゃないって言う意味」
「んっなことは分かってる!」
 だから、そんな大声を出さなくても聞こえているって。
 全く烏丸ってだけあって喧しい。
「偽物だったのかよ。最初から気づいてたのか?」
「んっ? いや、持ったときに軽かったから」
 いくらなんでも火薬が入っている重さではなかった。
 まぁ、どのみち、男からそれを奪った時点で本物だろうが偽物だろうが、どっちでも一緒だったのだけど。
「もし本物で爆発したらどうするつもりだったんだよ」
「そりゃあ、もちろん。建物ごと心中」
「…………」
 あぁ、カー君たらそんな遠い目で見ないでくれよ。冗談に決まってるだろ。
「そう言えば、爆弾はどうやって取り上げたんだ」
 聞いたところによると腰に巻いてたんだろ、とカー君。

 私は笑みを浮かべた。
 問いには答えず、デスクの引き出しを開けると中から一冊の本を取り出し、カー君に手渡した。
「これを参考にしたのだ」
「これって」
 分厚い本。小奇麗なその表紙には「よい子の手品 初級編」と書かれていた。
「もちろん、中級編、上級編、実践編まで各種取り揃え済みだ」
 さらに付け足すならば、引き出しの中にはデパートで買った手品道具一式も入ってる。
 手品は最近の私のマイブームなのだ。
「なのだじゃねぇ!」
 初級編をカー君はデスクに叩きつける。

 うわぁっと危ない。危うくコーヒーが零れるところだった。

 に、してもいきなり、キレるとは。カルシウムが足りないとみた。
「お前……俺が仕事している間、こんなの買いあさってたのか?」
 わぁ、カー君の目が据わってる。コワーイ。
「コワーイじゃねぇ!」
 ガシッと私の頭をカー君につかみ取られる。そして、激しく揺さぶられる。

 首が取れてしまう。いや、人形じゃあるまいから取れはしないけど、気分的に。

 私は必死で首を捻り、手から抜け出そうとするが、がっしりと掴まれてビクともしない。

 あぁ、もうだめだ。私の命はここで尽きるのだ。
「日狩、白柳。何を騒いでいるんだ」

 切り裂くように鋭い口調。
 不意に届いた声でカー君が揺さぶるのを止める。ふぅ、助かった。
 カー君の肩越しに覗き見れば、そこにいたのはビシッとスーツをきめた高野隊長。
 私はカー君の手を振りほどくと隊長に向かって手を掲げ、
「隊長ぉ。聞いてくださいよ、カー君さぁ」
「お前、自分のことは棚に上げてよくも」
 再び、頭部をカー君にキャッチされる。うわぁ、誰かヘルプミー!
「まるでここは幼稚園だな」
 響いた濁声。そこで私は、隊長の背後に誰かがいることに気がついた。
 カー君が手を放し声の方に向き直る。
 他にデスクについていた同僚たちが一斉に視線を向けた。
「げっ」
 私はうめき声に似た声を漏らす。
 隊長を押しのけて前に出てきたやつ。でっぷりと存在を主張する大きな腹。青みが掛かったスーツに趣味の悪い赤いネクタイ。年相応に薄くなった頭に、肥えた腹部と同じく変に厚さがある唇。
 えっと、確かこいつは。
「君が例の日狩光夜かね?」
 舐めるような視線がカー君に向けられる。カー君は慌てて首を振り、
「俺じゃあ、ありません。こいつです」
 私を指差し言う。
 相棒をこいつ呼ばわりするなんて、カー君の癖に生意気だ。
 すねを蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが高野隊長にまた小言を言われるのは嫌なので今は我慢しておく。あとでバッチリ仕返ししてやるんだから。
「君が日狩か」
 吸い付くような視線にゾッと悪寒が立った。如何にも、私は日狩光夜(ひかり・こうや)だが。見知らぬ親父に呼び捨てされる覚えはない。
 そもそも、この太鼓腹の変態面の親父はどこのどいつだ。まさか、隊長のお父上とかは言うまい。
「日狩、存じているとは思うが関東副支部長の奥谷さんだ」

 親父の半歩後ろから隊長がすかさず言う。
 さすが、エスパーでハイパーな高野隊長だ。私の疑問を察知して説明してくれた。存じている、のところがやけに強調されていた気もしなくもないが。
「えっと、それで関東副支部長の奥谷さんが平の平であるこの日狩に何のご用で?」
 私は言う。少し馬鹿にしたような口調になっているのは気のせいだ。気のせいだから、隊長もそんな怖い顔をしないでくれ。あとで説教だなんて恐ろしいことは考えないで。
「その服装はなんだ」
 奥谷は舐め回すような視線で私をじっくりと見つめたあと言った。
 なんだと言われても普通の服ですが。
「そんなチャラチャラした格好をして許されると思っているのかね」
 少し訛ったような口調で言う。って言うか、服装だったらカー君の方があれじゃん。アロハにベレーだぞ。それに比べたら私の格好なんていったってまともだろ。
 と、色々と言いたいことはあったが、私は沈黙に徹することにした。余計な口出しをして後で隊長の説教に合うくらいなら、この偉い親父の小言を聞いていた方が百倍マシだ。そう思っていたのだが。

 私が反論してこなかったのが面白くなかったのか。偉い親父様は舌打ちを漏らすと、見下すような視線を投げかけ、
「これだから、ライトシリーズの投入に反対したのだ。自己主張の激しい個体ばかり生産されてろくなのがいない」

 むかっ、とした。

 私自身のことを言われる分には構わない。そもそも、不真面目であるのは自分で分かっているし、怒られるような事をやっている自覚はたぶんある。

 しかしだ、兄弟たちのことを悪く言う上、まるで道具か何かのように「生産」なんて。
 私はカップをデスクに置いた。緩んでいた拳を握る。
「どいつもこいつも欠陥だな。まぁ、Z班に相応しいったらそうだが。に、しても最低限の規律ぐらいは覚えられんのかね」
 私は腰を浮かす。

 すると、カー君が私の肩を抑えた。制するように掴まれた肩は簡単には振り解けそうにない。

 私は抗議の視線を投げかけるが、カー君は睨むように副支部長を見ている。カー君だけではない。室内にいる同僚たちが一斉に視線を投げかけている。

 それがけして穏便なものではないことは肌を刺すような空気でわかる。

 彼らもまた、怒っている。怒りは怒りを呼び、何倍にも増幅されていくのが肌で、空気で分かる。

 しかし、副支部長は不穏な空気に気づいていないらしい。訛るような声が朗々と室内に響く。
「それにしても、日狩光夜。ライトシリーズの中でも欠陥品の欠陥品。問題児中の問題児。くだらん騒ぎを起こしてくれたせいで支部長が警察に取り調べを受ける羽目になったんだぞ」
 そもそも、爆弾騒ぎが起きたのは私のせいではないし、支部長がいないなら副として仕事するとか思わないわけか。

 それほど有能な頭ではないのだろう。暇つぶしがてらにわざわざ、私をなじりにくるようなやつだし。
 欠陥品だろうが問題児だろうが、別に私は構わないのだが、起こること全てを私のせいにされても困る。そのうち、石油の値段があがったのも私のせいになるのではないか。

 理不尽にさらされるのは慣れてはいるが、やはりムカつく。

 黙っているなんて性には合わないし。私は強引にカー君を押しのけると一歩前へと出た。
「お言葉ですが、副支部長の奥谷さん。爆弾騒ぎが起きたのは、建物の中に侵入することを防げなかった警備員のおっちゃんたちにも責任があるのでは?」
 念のために言っておくが、別に責任逃れをしようと思っているわけではない。おっちゃんたちには悪いが私的にはそうであると判断したまでだ。

 建物への不審者の侵入を防ぐのが警備員の仕事なのだから。
 だが、この腹狸の親父は問題児の口答えが気に食わなかったらしい。

「欠陥品の癖に生意気だな」

 嗜虐の色に染まる目で私を見て、脂肪がたっぷりとついた指が丸められる。私を狙う拳。

 殴られる、と頭で理解した。目は閉じなかった。
 鈍い音。
 私は避けなかった。避けたら避けたでまた面倒になると思ったからだ。運動不足の親父のパンチなど大したダメージにはならない。

 こちらから手を出せば、問題になるが。向こうが先に手を出したら。私はひっそりと笑った。
 しかし、苛立ち気に振り上げられた拳は私の頬を打つことはなく。寸前でスーツの腕によって止められていた。

 響いた音は、隊長が一歩踏み出した足音だったらしい。
「奥谷副支部長」
 親父の腕を掴み止めた高野隊長が言う。

 ぞっとするほどの氷の瞳が親父を捉えていた。
「ここは私の班のオフィスです。そして日狩は私の部下です」
 ゆっくりと、言葉を区切りながら隊長は掴んだ指先に力を込めた。

 親父は腕に走る苦痛に何か言いかけたが、隊長は発言を許さない。裁断者の目で、万力のように親父の腕を締め付ける。
「いかなる理由があろうとも、私の目の前で部下に手を出すことは許しません」
 眼鏡の奥で鋭く眼光が瞬いた。

 怒っていたのは私や、他の同僚たちだけではない。隊長もまた怒っていた。
 親父は明らかにうろたえる。まるで、小動物のように怯えの混ざった目で隊長を見つめる。が、それでも偉そうな態度は崩さずに、
「なるほどな。Z班が問題児ばかりな理由が良く分かった」
 呟くと私たちに背を向けた。足早に去っていく背中。どんな言葉を吐いたところで負け惜しみにしか聞こえない。

 私はゆっくりと息を吐いた。
 単なるインテリ眼鏡で恋人も出来ない三十路前だと思っていたが、隊長も案外やるもんだ。見直した。
 私は遠ざかる親父の背をアカンベで見送った。願わくば二度と来るな。
 が、その背が見えなくなった瞬間に、私の脳天に打撃。

 目の中で星が瞬いた。
 避けることさえ出来ず、私はその場に頭を抱えてうずくまることなる。
「いきなり、何するんですか」
「何するんですかだと?」
 涙声で顔を上げれば、なんだかマジ怒りしているらしい隊長の姿が目に映った。あれ、怒っていたのはあのクソ親父にではなかったのか?

 鋭い目付きは凶悪そのもの。
 うわぁ、名付けてデーモン高野。キレたら最後、すべてを殺戮し終わるまで止まらない。いや、嘘だけど。
「始末書五十枚提出!」
「えっ! なぜに、どうして?」
 痛みを忘れて私は立ち上がる。
 私は明らかな被害者なのに何故始末書。それも五十枚。

 ありえない枚数だ。
「今日中にな」
 眉間にシワを寄せてとどめの一言。酷い。せっかく、心の中で褒め称えたのにこの扱い。おのれ、大魔王高野めっ!
「邪魔が入ったが、各自仕事に戻って良し」
 高野隊長が軽く手を叩けば、みんな散り散りとなって途中だった作業を再開する。

「たいちょぉ」

「報告書は出来てるのか」

 私の懇願を無視して、隊長は私の机の上の書類を手に取る。さっと目を通して内容を確認。問題がなかったらしく、そのまま小脇に抱えていたファイルに挟む。

「今日中に上がらなかったら追加二十枚」

「そんなぁ! 隊長ぉ」

 縋りつく間もなく、さっさと隊長は部屋を出て行ってしまう。あぁ、世は無慈悲に溢れている。

「……カー君」

「あー、そうだった。俺、今日外回りなんだ」

 くるりと身体を反転させるカー君。外回りって――なら、相棒である私も一緒のはずだ。

「一緒でもいいけど、始末書間に合わなくなるぞ」

「…………」

 じゃあ、と言ってアロハが去っていく。

 酷い、それでも相棒なのか。

 私は這いずるようにしてデスクに戻る。

 視界に入るのは冷たくなったコーヒー。

 

 私の素敵なブレイクタイムを返しやがれぇぇえ!

 

 

 

 

アトガキ:思ったよりも早く出ましたが、Lazyの続編です♪
主人公の名前ですが、さりげなく言葉遊びです。
Foolとは愚か者って言う意味です。
続編は皆様の反応次第で……。

 

 

 

 

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